単焦点レンズ1本で撮り歩く|上手さより、まなざし

151画 ICHIGOICHIE
単焦点レンズ1本で撮り歩く|上手さより、まなざし

上手さより、まなざし

技術的にはうまく撮れているのに、自分の心が動かない。そんな一枚に出会ったことのある方は、いませんか。いいシーンだし、ピントも露出も問題なく、構図も美しい。それでも、時間が経つとどこか借り物のような写真に見えてきてしまう。

写真の上手さと、その一枚があなたらしいかどうかは、別のことなのかもしれません。私たちはそこにある違いを「まなざし」と呼んでいます。

上手さより、まなざし。

言葉にすることはそこまで難しくありませんが、感覚として自分のものにするには、少し時間がかかるのかもしれません。今回は、その感覚を身体知としてつかんでいく方法をひとつお伝えします。それは、「単焦点レンズを1本だけ持って撮り歩いてみる」という方法です。

はじめまして、151画です

はじめまして。151画(いちごいちえ)と申します。

私たちは、ご家族から企業広告まで、人物のスナップ写真を中心に撮影している撮影会社です。2015年の創業からずっと見つめてきたのは、特別な一日ではなく「自然とそこにある一日」です。日常のスナップや節目の記念写真、企業の仕事風景まで、シーンを問わず、自然と立ち上がる写真を大切にしてきました。

また、撮影だけではなく、フォトワークショップやポッドキャスト『ノットフレーミング・ラジオ』も行っています。

そんなさまざまな写真の活動を通して、「まなざし」を育み、分かち合うことを大切にしています。分かち合いの中でお互いを肯定できたなら、それはとても嬉しいことだと考えています。

まなざしってなんだろう

そもそも「まなざし」とは何でしょう。

それは単に「見る」「見られる」という視覚的な動作を超えて、世界と自分との関係の結び方をあらわす感覚と呼べるものです。「なぜ、この一枚を撮ったのか」その問いの奥にあるもの、と言ってもよいかもしれません。

あなたが何を見つめ、何を受け取り、どんなふうに反応したのか。

ひとりひとりユニークでかけがえのないまなざし。それをごく自然に伝えられる手段のひとつが写真だと、私たちは考えています。

まず、まなざしがある。それを伝えるために技術があり、技術を支える機材がある。カメラが記録できるのは光の情報だけで、その光の中のどこに自分の心が動いたかまでは、カメラは決めてくれません。それを決めているのは、いつだって撮る自分自身です。

だからこそ私たちは、上手さよりも先に、まなざしを育みたいと考えています。

50mmがまなざしを際立たせる

単焦点を1本選ぶなら、私たちは50mm(フルサイズ換算)をおすすめしています。理由は3つあります。

ひとつは、人の片目の視野にいちばん近いこと。被写体との間合いが、近すぎず遠すぎず、絶妙な位置に収まります。

2つ目は、振れ幅が広いこと。その場の全体を説明する一枚も、ぐっと寄って断片を切り取る一枚も、どちらも成立します。1本しか持たないとしたら、この懐の深さが効いてきます。

そして最後がいちばん大きな理由です。50mmには、わかりやすい癖がありません。超広角のダイナミックな歪みも、望遠の大きなボケもないので、「レンズが撮ってくれた」という逃げ道がないのです。写ったものは、自分がそこに立って、そう見たから写った。ただそれだけです。自分のまなざしの在り方をじっくりと見つめるには、いちばん適した画角だと思っています。

焦点距離50mm前後のレンズは、長く標準レンズと呼ばれてきました。小型カメラの黎明期から現在まで、各フォーマットで換算50mm前後が基準に置かれ続けています。多くの写真家が、この画角で感覚を育ててきました。

もし単焦点をお持ちでなければ、ズームレンズを50mm相当に固定してしまう手もあります。マスキングテープで留めてしまえば、もう回りません。

人間の目はズームできない

ズームレンズに慣れていらっしゃる方であれば、はじめに戸惑うのは、おそらくズームができないもどかしさでしょう。撮りたいものが遠すぎる、あるいは画面に入りきらない。ズームリングに手が伸びるのに、そこには何もない。

ただ、これは何かを失ったわけではありません。もともと私たちの目に、ズームは付いていません。

ふだん、何かをよく見たいと思ったとき、私たちは無意識に身を乗り出しています。少し離れて見晴らすことだってあります。カメラを持っていないときは、ずっとそんなふうにして世界に身を置いてきました。

ズームができない代わりに、私たちには足があります。一歩前に出る。しゃがむ。少し引く。横に回り込む。焦点距離が固定されるということは、被写体との距離を、自分の身体で決めなければならなくなるということでもあります。

そしてここが面白いところなのですが、立ち位置を変えると、変わるのは写真の中の被写体の大きさだけではありません。背景の重なり方が変わり、光の当たり方が変わり、空気の奥行きまで変わります。

しゃがんだから見えた花の裏側の光。
半歩ずれたから消えた電柱。
一歩下がったから入ってきた、奥に続く小道。

ズームリングを回していたら、きっと気付けなかったものです。

何度か繰り返していると、少し不思議なことに気がつきます。自分のものの見方は、自分が思っているよりずっと、立っている場所に左右されている、ということです。感性の問題だと思っていたものが、実はかなりの部分、足の裏の位置で決まっていたりするのです。

ここでコツをひとつ。撮りたいものを見つけたら、シャッターを切る前に三歩動いてみてください。 前に、横に、後ろに。「あ、この距離だ」と身体が納得する場所が、きっと見つかります。

切り取る範囲を変えたのか、関係を変えたのか

もしかすると、「広角で撮ってクロップすればよいのでは?」と思われるかもしれません。仕上がりの画角だけを見れば、たしかにほとんど同じになるかもしれません。

でも、写り込む空気は変わっています。

広角で撮ってクロップした一枚は、その場に立ったまま、切り取る範囲を変えた写真です。50mmで歩み寄って撮った一枚は、自分の身体を運んで、被写体との関係そのものを変えた写真です。

たとえば、絵を描くことなら、頭の中にあるものをそのまま形にすることができます。写真はそうはいきません。世界がなければ、一枚も成立しません。 自分の側にある見方と、世界の側にあるもの。その二つが交わったところに、写真が生まれます。

だとすれば、交わり方が変われば、写るものも変わります。距離を変えるというのは、その交わり方を変えることなのです。

近づくことは、相手とのあいだにあった余白をなくすことです。表情の小さな変化も、声のトーンも、隠しようがなくなります。近づいたからこそ見える微細な変化もあるでしょう。写真は被写体と撮影者の共同作業で生まれるものです。お互いに与える影響は、距離が近い程に強まるでしょう。

離れるのはその逆で、判断や誘導を手放すことです。起きていることを、そっと見届ける立場になります。俯瞰したからこそ気づける、その場の空気やリズム、人と人の関係もあります。

どちらが正しいという話ではなく、どちらを選んだかに、あなたのまなざしの在り方が宿るのです。
冒頭で、まなざしとは世界との関係の結び方だと書きました。単焦点1本で歩くというのは、その結び方を、一枚ごとに自分の足で選び直すことなのだと思います。それはつまり、自分のまなざしの在り方を知る手がかりにもなるのです。

一枚、また一枚と、世界との関係を選びながら撮り重ねていくことが、次の一枚を静かに変えていきます。足を動かして、「あっ」と反応した場所で世界を写し取る。その場所に立ったからこそ起きた、眼と心の喜びが、その一枚に写りこんでいきます。

ピントを合わせる静かな時間

ふだんオートフォーカスの方は、ぜひマニュアルフォーカスをこの撮り歩きで使ってみてください。ファインダーを覗いてピントリングを回すと、ぼんやりしていた輪郭が、じわじわと立ち上がってきます。

焦点を合わせるその時間は、見ようとする時間です。自分の心が向いた場所に、レンズの焦点があとから追いついてきます。眼と心と世界とが静かに重なり合っていくその数秒のあいだ、ファインダーいっぱいに広がる景色はゆっくりと移ろっていきます。

オートフォーカスは速くて正確で、私たちも仕事では日常的に使います。ただ、あの豊かな数秒がまるっと省略されているのも事実です。不自由だから迷い、迷うから考え、考えるから見えてくるものがある、私たちはそんなふうに考えています。

機材とは、身体と写真のあいだにある接続点のようなものです。そこにあえて制約を設けて、少し撮りづらくしてみる。すると、鈍っていた感覚のほうが引きずられて動き出すことがあるのです。

単焦点はよき理解者

「あの画で撮りたい!」という高揚に応えてくれるのは、ズームレンズです。頼もしい相棒だと思います。

単焦点レンズは、もう少し寡黙です。あなたが世界をどう見て、何を受け取り、どのように関ろうとしているのか。言葉にならないまま抱えているその感覚の、よき理解者となってくれます。持ち出すレンズを単焦点1本に絞ると、その日に撮れる枚数は減るかもしれません。それでも、一枚と一枚のあいだにある「見る時間」は確実に増えています。

そして帰り道、カメラの中に残っているのは、自分が確かに立ち止まり、確かに見つめた、いくつかの記憶のはずです。すべてを残す必要はないのかもしれない、そんなふうに思えたなら、写真やカメラとの付き合い方が、目の前の出来事の楽しみ方が、少し変化していく気がします。

もし今日、複数のレンズを前に少し持て余しているなら、50mmの単焦点レンズを1本手に取って、フォーカスをマニュアルに変えて、ちょっとそこまで出かけてみてください。

いい画をつくろうとせず、ただただ、自分の眼と心が喜んだその場所でシャッターを切ってみれば、いつもよりも少しだけ、あなたらしいまなざしが写真に写り込んでいるかもしれません。

最後にひとつ

締めくくりに、ひとつ問いを置かせてください。

最近撮った写真を、写っているものではなく「どのくらい近づいたか」で並べ替えてみたら、そこには何が見えるでしょうか?

 

 

■撮影場所:東京都 東村山市

■写真家:151画 ICHIGOICHIE
ご家族から企業広告まで、人物のスナップ写真を中心とした撮影会社です。特別な一日ではなく「そこにある一日」を見つめ、日常スナップや記念写真、企業の仕事風景まで、自然と立ち上がる写真を大切にしてきました。ワークショップやポッドキャスト『ノットフレーミング・ラジオ』、noteでのプレイブック執筆も行っており、さまざまな活動を通して「まなざし」を育み、分かち合えればと思っております。

 

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